子どもの小学校生活が不安なのは、自分の小学校生活が苦しかったから。

みなさんこんにちは。

日差しもあたたかくなり、春めいてきましたね。

まだ子どもが幼稚園の年少、年中の時は、さほどこの季節は怖くなかったのですが、年長を過ぎたこの季節は、次は小学生という事もあり、私がとても不安定になっていることに気が付きました。

 

それは、自分の小学生時代が苦しかったから、それを思い出され、フラッシュバックがすごいこともあります。

なので、子供にそんな思いをさせたくないと思い、毎日心を痛めています。

だからといって、私がどうこうできるわけではないのですが。

 

  • 小学校一、二年生は、まだ悪い記憶はない。
  • でも、三年生、四年生になると、なんとなく苦い思い出が増える。
  • 先生とのトラブルが、なんとなく記憶にある。提出物、自分はこれで完成と思っているのに突き返され、でも納得がいかずに次の日、そのまま出したら、すごく怒られた記憶。それが女の先生で、今でもその怒られた表情、長い爪の指で私を指さして怒った事、イライラした気持ちが心と頭の片隅に沁みついている。まぁ、今考えると、先生のイライラした気持ちもわかる。確か、本の感想を書かなければならなくて、でも私はそのまま内容をうつしただけだったようで、でも当時はこれで良いと自分で思っていて、それで余計に怒られた。私の態度も、ふてくされてかわいくなかったんだろうと思う。多分、怒りっぽい娘を見ていると、自分もこうだったんだろうと思い、こんな子供の対応をしていた大人に申し訳なく、今なら思う。女の先生だし、体調も悪い時期だったりしたのかも。
  • 5年生のクラス替えで、ひとりぼっちになり、お昼休みは毎日一人で廊下で過ごす。
  • 意地悪な女の子の後ろの席になり、悪口を言われたり、トイレ掃除のときにイヤなことを言われる。

 

などなど。

 

たぶん、空気が読めない、人の気持ちに気が付かない、自分を悪く思っている人物に気が付かなて、そのまま関わってしまい、さけることを知らない、自分から輪の中に入れない、という、発達障害がもろに出ていたと思います。

 

でもなぜか、六年生は楽しい思い出があり、卒業式は楽しめました。

でも、それからがまた大変。

 

中学校は、小学校からほぼ持ち上がりなので、それなりにうまくやっていたのですが、やっぱり、中学一年の時はダメだった。

小さいころ一緒に遊んでいたクラスメートの女友達に『別れよう』と言われた。

その子はバレー部に入ってて、学校の行き帰りはそのバレー部の部員の子と一緒にしたいって言われた気がする。

『じゃあ、その子と私も一緒に学校に行きたい』というと、はっきり『ダメだよ』と言われてしまった。

しかも、その話をしているときに、何か他のことが気になり、すぃーっとその場を離れてしまった記憶がある。

それからはもう、本当にその子とかかわった記憶がない。

その子は、本当に私から離れた。

たぶん、避けられたりしていたんだろうと思う。

でも、その時期は、私はそれに気が付いていなくて、しばらくたってからさみしさに気が付き、たいした反省もしていなかったと思う。反省の意味がわからなかったし。

そして、また人に対して、同じことを繰り返し、またさみしくなっていくんだ。

一応、その時、そこそこ友達ができて、でもまた嫌われて…。

 

高校も、うまく振る前なくて、大変苦労しました。

だんだん、心が苦しくなってきたので、またそのうち書こうと思います。